東京島根県人会

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市町村人会・県人会

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市町村人会のご紹介

紹介

当ふるさと会は首都圏在住の雲南市出身者および同市にゆかりのある者等で組織し、会員相互の交流・親睦を図りながら雲南市との連携によってこれの発展に一役買う事を目的に設立したものです。

雲南市は「平成の大合併」の際に、大東・木次・加茂・三刀屋・吉田・掛合の6つの町村が統合してできた市で、当ふるさと会もそれまであった町村ごとのふるさと会を改編・統合し2007年(平成19年)に組織した集まりで、2026年5月現在の登録会員数は約200名です。

 

活動内容

(1)毎年、都内において総会と交流会を交互に開催。当会は会計期間を2年間とし、この間の決算とこれから先2年間の予算の審議などをおこなう総会を2年に一度開催。総会のない年は懇親・親睦に特化した交流会を開催しています。交流会では雲南市にゆかりのある方にお願いし講演会もおこなっています。総会・交流会の開催履歴および講演会の概要等を下表に示します。

(2)有志を募り旅行や演劇鑑賞など(会員個別の活動)を開催(不定期)。

(3)毎年1回、総会・交流会の様子や会員個別の活動を紹介したり、雲南市からのお知らせ等を掲載したりする会報紙「だんだん雲南」を発行。
「だんだん雲南」の発行履歴は上表の「会報」欄の通りで、これらのバックナンバーを雲南市のWEBサイトに掲載していますので、是非ご覧ください。

(4)雲南市に関連したTOPICSを適時会員に向け発信(現在はE-mailを使用)。

 

総会・懇親会の特色

(1)事務局が準備した賞品や、会員・協賛企業等から提供された各種の物品を賭けた「お楽しみ抽選会」は毎回大盛況。これを目当てに参加する人も・・・。

(2)出身町村別にテーブル席を設け、出席者名簿には可能な限り詳細な出身地を記載してもらうことによって、その地域ならではの話や出身学校の話、縁戚関係の話などを突破口として、初参加でもすぐに輪に溶け込めることを期待。

(3)自己アピールコーナでは自慢の喉やマジックの披露、趣味の話など思い掛けない「出し物」もあって案外楽しめます(但し、みなさんのメータが上がった段階のため少々騒々しいですが・・・)。また、自身が所属する諸法人の活動内容や経営する企業の紹介、若手メンバの募集といった硬い話も・・・。

(4)総会・懇親会の終了後は、会場を移し有志で二次会(別費用)を開催。総会等と異なる顔合わせでの会話と、総会等では出番のなかった方を中心としたカラオケで、こちらも大いに盛り上がります。

(5)本会の会報や開催案内のチラシには、雲南市のPRキャラクターである「雲南吉田くん」のイラストを活用させてもらい多くの人の目に留まることを期待しています。
なんと言っても吉田くん(本名:吉田・ジャスティス・カツヲ)は雲南市・旧吉田村の出身ですから。

■本年の予定

2026年(令和8年)は第9回交流会を下記の通り開催します。今回「第一部」として元プロ野球選手の樋澤良信さんに「巨人軍40年の思い」と題した講演をお願いしています。巨人時代の経験や球界の大物選手・OBとのエピソードが聴けるかも。

なお、詳細は雲南市のWEBサイトに掲載の「案内チラシ」をご覧ください。

 

★第9回交流会(概要)

・日時:2026年(令和8年)7月11日(土曜) 12:00時~15時

・会場:アルカディア市ヶ谷(私学会館) 6階 “阿蘇”

・講演者の紹介

▼樋澤さんのプロフィール(Wikipediaより)

1950年1月生まれ、岩手県久慈市出身の元プロ野球選手。

東北高校から電電東北へ入社し同社野球部の内・外野手として社会人球界で活躍。1970年のドラフト会議において読売巨人から4位で指名され、入団直後は「土井正三2世」と期待を寄せられたが、故障が相次ぎ一軍公式戦での出場機会がないまま1975年末に現役を引退。

引退後も球団に残ってスカウト、チーフスコアラなどを約10年間、内・外野守備コーチを5年間担当し、2005年から2010年末の定年退職までは、独身の若手選手を預かる「ジャイアンツ寮」の寮長を務めた。巨人の球団史において、選手として入団してから球団職員として定年を迎えるまで一貫して同球団に在籍した唯一の人物。

定年退職後は、講演活動などで巨人時代の経験や球界の大物選手・OBとのエピソードを披露。

▼追補(事務局)

樋澤さんの奥さん(幸子さん:2024年ご逝去)が加茂町三代の出身で、当ふるさと会の会員でもあった事から講演をお願いした所、樋澤さんご本人も島根が非常に好きだとの事で、快く引き受けて頂きました。